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ゆめこの小説部屋

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泡沫夢枕

泡沫夢枕

 
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雨が降っています。梅雨の小雨が丁度、霧に変わりそうな頃合で、道の脇に咲いたノウゼンカズラの香りが雨の匂いと混ざって鼻孔をくすぐります。

僕の名前は雫といいます。その名の通り、雨の雫から生まれました。
雨から生まれたので、「うっとおしいほど根暗で愛嬌がない」と、僕を作ったご主人は言って去ってしまいました。

僕は無機質です。まるで伽藍堂の人形のようなものです。どうせ心を持たぬ式神です。心を持たぬのなら、いっそ殺して欲しいとすら思います。
殺す、では物騒ですね。無機質だったころの、雨の一粒に戻して欲しいのです。だって、世の中は嫌なことばかりだから。

人の涙の涙を見ても、笑顔を向けられても、どう返していいのか分かりません。

心がないのです。僕は戸惑うばかりで、人に対して申し訳なくなります。

人とは違うのです。僕は雨の雫ですから。

草履はすっかり濡れてしまいました。用事で受け取った荷物が濡れないよう、しっかり胸に抱え込みました。

 


用を終えて、また菊屋横丁へ帰ってくるころには止むかと思われた雨はまだしとしとと降り続いていました。

「帰ったか」

今のご主人です。
目じりの吊りあがった、少し恐ろしい顔立ちをしているのは、彼が妖の血を引いているからでしょうか。

「もう少し晴れていたほうが、僕の体に丁度いいです」

「式神が自分の利益を主張するとはな」

玄関の、軒下に吊るされた庇も雨にぐっしょりと濡れています。連日の雨は止むことを知らないようです。

ご主人様は、玄関のへりでようやく座敷にあがった僕に近づくと、顎をついと取って上に向けさせました。

「作り物のような顔をしている。気味が悪いな」

「前の御主人様の趣味です。なんでも吉祥天女のようにしたかったとか」

「顔色が、血色が悪い。血の気の通わない物の怪のようだ」

「お褒めに預かり光栄です」

「褒めてはいない。まあ、半分鬼を血を継ぐ、俺と同じようなものか」

そういって、ご主人様、鬼丸さまは自嘲気味に笑いました。

「常に血の匂いのする、俺の傍が嫌だろう、お前も、そのうち自由にしてやる」

「そんなこと御座いません。おそばに置いてください」

「無理をしなくてもいい。俺はそのうち死ぬ。そうすれば、お前は暇になる。そうしたら、元の雨に戻るなり、消えるなり好きにすればいい」

鬼丸さまは、よく「もうすぐ寿命だから」と、庵を訪れた用事のある人間にそうこぼしておられました。

荷物も、あたかた片付けてしまわれ、奥座敷に古い箪笥と衣紋掛けをひとつ残して、あとはみな引き払ってしまいました。

鬼丸さまにどうして死ぬのかと聞くと、「私は長く生きすぎた」とおっしゃられました。

そして、「次の桜が咲くころに、私は逝くだろう」と予言めいた言葉を口にして、そのあと「願願わくば 花の下にて 春死なん その望月の如月の頃」と、西行法師の言葉を引用してわずかに笑いました。

花のほころぶ頃に、花に寄り添うように死にたいだなんて、趣のあることですね。

そう言って褒めてみましたが、鬼丸さまは「皮肉か?」と云って、フンと鼻で笑われました。

長く生き過ぎると死にたくなってくるんですね、とそう聞くと、鬼丸さまはどこか遠い目をしてからくしゃりと顔を歪めて、

「———現世など、もう、なにもない、大切なものも、大切な人も…彼岸の向こうにはあの女(ひと)が待ってるからな———」

と、そう云って、僕に背を向けました。

「あの女(ひと)…とは?」

「————ヒトの寿命は短い」

鬼丸さまはそういうと、こちらに背を向けたまま、すん、と鼻をすする音がして、泣いておられるのだな、と思いました。

あの女(ひと)って、誰の事だろう————

好きな人がいらっしゃるんだ…鬼丸さまには。

そう思ったとき、ふと心に朱の雨がぽとっと落ちて、じんわりと心に滲(にじ)みました。

僕ははっと顔を上げました。

じゃあ、この気持ちはなんだろう。

なにか、色に例えるならば、深い藍色のような青いような、心震えるような、それはとても———とても———

僕は、理解しがたい、えもいわれぬ不思議な気持ちがしました。



鬼丸さまは、夏を過ぎたある日のこと「毒を飲んだ」と呟かれ、そのまま布団に横になられると、もう臥せってしまい起き上がることはありませんでした。

横になった鬼丸さまは、息も細くなにも食べないのでどんどん衰弱されて、
そのまま、霜月の風の強い日に、そのまま静かに息を引き取られました。

その日も、しとしとと、秋雨が降っていました。





僕はそのあとはあたらしい主人を探して、放浪の旅にでました。

僕の往くところ往くところ、雨が降ってくるのですが、もう僕はそんなにもとの雨粒に戻りたい
とは思いませんでした。


あれから、何度も鬼丸さまが夢枕に立ったのです。

夢枕に立った鬼丸さまは、僕のすぐ横に正座していて本当に仏になられたようで、穏やかで清らか顔をしていて、僕が求めると、「寒いから風邪には気をつけなさい」とか「もうすぐ桜の咲く季節になる頃だ、お花見をしよう」などと優しい声で、僕を誘うのでした。

そればかりではなく、

桜の散る季節のころ、その日はめずらしく晴れていて、丁度僕は縁側で居眠りをしていたのですが…

桜の降りしきるなか、庭先で、見慣れぬ女の人と抱き合う鬼丸さまのまぼろしを見たのです—―—

(貴女と会えたのは、前世の宿縁)

声にならぬ声で、鬼丸さまがささやかれました。

そうですか、ようやく会えたのですね。

女の人の肩に顔を埋めている鬼丸さまを見つめて、僕は知らぬ間に頬に冷たいものを感じました。なぜ、僕の頬が濡れているのかわかりませんでしたが、それが涙と知ると僕は激しく動揺してしまいました。

そして、再び、鬼丸さまと女の人を見遣ると、そこには、桜がただはらはらと散るばかりで二人の姿は、影も形もなくなっていました。

なぜ、鬼丸さまは僕の枕元に立ったのでしょう。

それから鬼丸さまは二度と僕の夢枕には立ちませんでした。


鬼丸さまは鬼の血を継いでいましたが、そういえば、半分は人の血が通っていたなと思いました。だから、僕に人の心の温かさを伝えて消えていったのだと思いました。

人間という生き物は罪作りなものですね。

新しい主人に言ってみました。

僕も、恋というものがしたくなりました。

そう言って、僕はたぶん、微笑んでいたのだと思います。

雨は、いつの間にか止んでいました。

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稚拙な作品ですが、ここまで読んでいただいてありがとうございました。
この作品は、古いものですが、途中まで書けてたので続きも書いてみました。
創作BLのようでそうでない、ぎりぎり普通の小説…みたいなさじ加減が好きです。
長野まゆみさん好きですね…!そんな雰囲気を目指したのですが、いかがでしたでしょうか。

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