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ゆめこの小説部屋

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哀しい石にまつわる物語

「哀しい和石にまつわる物語」 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

青々とした葉に雨が降る。屋敷の外の小道はしとどに濡れ、下水が側溝の中でごうごうと音を立てて流れていく。

お座敷の上に、二人。 

両者間の間には赤い緋毛氈が引かれていて、その上に、暗い空の下、暗い輝きを帯びている様々な宝石が幾つも転がっている.
  

「この薄紫は”やすらい石” 赤銅は”羅刹石” こっちの檸檬は”稀石(まれいし)” 灰色のものは”忍び石”……」

「面白い名前ですね。正規の名前ではないでしょう」

「そうですね、色々な名の霊石がありますが、なぜ、こういった薄暗い不思議な名前がついたのかというと、石にまつわる僕の哀しき過去が、こういった名をつけさせるのです

「哀しき過去…とな。また趣のある…」

「大した過去ではないですが、齢(よわい)を重ねていくにつれ、哀しいことは色々と増えていきます」

「色々御座いますから…此処は人が口を閉ざし語らぬ云わぬ秘密の道、秘道の地でありますから」  

「そうですね。お客様、ここはひとつ

聞いていただけますか、戯れに。 

青年は沈んだ声で言った。 
  

○○○



 

僕は、東京の下町で商家をやっていた由緒正しい家に生まれて、幼少の頃から厳しく育てられていました。  

僕には厳しくも優しい叔父がいました。

地主をやっていたその叔父は、僕の家に黒のリムジンで立ち寄った折、よく会社の部下か誰かに何事か口角から泡を飛ばして叱り飛ばしていたのを覚えています。

厳しいばかりの日々だったなか叔父の様な人は非常に貴重で、僕は特別気に入られて、幼いころから大変優しくしてもらいました。


 

厳ししい自分の家族に比べると、優しい叔父は僕の心のよりどころでした。

まだ七歳になるかならないかという小学校にあがる頃、入学を祝って「守り石」と云って、叔父はちらちらと光る石を持たせてくれました。たしかガーネットだったと思います。幼い僕は綺麗なそれが大好きで、大切に懐の内ポケットに入れていました。そのころから僕は宝玉に並々ならぬ関心を持つようになりました。  

叔父はよく晴れた日には電車に僕を連れ東京の国立の博物館へ連れて行ってくれました。

恐竜の骨や、西洋の絵画や骨とう品、そんなものに交じって、僕はそこに展示してあった七宝焼きに心奪われました。

蝶や櫻、時には螺鈿の如く光る和式の模様が金箔の粉塵が散りばめられていて、赤や青、黄の極彩色の小さな焼き物が、縦二列横四列の計八つ。木製の箱の、絹のようなナイロンのような綿の上にきちんと並んでいました。

平日で、人がいないというのもよかったのです。

人に遮られり邪魔されたりせず、長い間僕は飽くことなく七宝焼きを眺めていました。

七宝焼きは玉ではなく釉薬(ゆうやく)というガラス質でできていますが、職人が丹精込めて作ったそれらは、宝石のごとく輝いていました。

建物に差し込む暖かな太陽がちょうど差し込むところに陳列されていたのもよかったのか、

黄色の日の光を浴びて、展示棚の中の七宝焼きは、どこか懐かしいような古いようなそれでいて朱や藍の妖しい耀きを帯びていました。

 他に展示してあった宝石や鉱石が色あせてしまうように感じたのです。不思議な魅力がありました。

「もういいか

叔父の声で我に返って、僕は涎をたれているのを学生服の袖(そで)で拭いました。魅入られて惚(ほう)けていたのです。


 

○○○



 

僕は叔父によく懐きましたが、優しく育ててくれたその叔父は急に死んでしまいます。

悪性の腫瘍です。人とはまことあっけないものです。

それもよく晴れた、麗かな春の日でした。

僕は守り石を、叔父の眠る棺桶に入れました。

白菊に囲まれた叔父は安らかな顏をしていて、赤いガーネットの石はその白い花に吸い込まれて消えるように底に落ちていきました。
  

それが事を発してか、立て続けに不幸が続きました。  

近所の仲の良かった友達の女の子が若年性の重い癌で死んでしまって、その子はアメジストが好きでそのご遺族から形見にたくさんその石の這入った小さな籠を貰いました。

ここでも石です。

不義理の子供に生まれて、悲しい生涯を送ってきたが、自殺してしまった従弟(いとこ)。

瘋癲(ふうてん)もちの、彼にしか分からない、生への苦しみのあまり衰弱して死んでしまった実兄。

次々と立て続けに親しい人が逝ってしまい、幼かった僕の人生にもどことなく暗い陰が落としました。  

僕はあまり物を言わず口を開いたとしても、捻くれたことばかり言う、暗い子、と謗(そし)られ育ちました。


 

そんな性格だからかなかなか友達もできず、自宅の縁側で宝石図鑑や骨格図鑑を眺めて独りぼっちで遊ぶ僕に、いつも心配してくれたおまじないの好きなお婆ちゃんがいました。 

祖母です。

真夏の頃、毎晩見る悪夢に苦しむ僕に、「破魔降魔の石だよ」と言って、蕎麦ガラの枕の下に宝石を入れてくれました。

それは円柱に似た10㎝くらいの細い棒のような桜水晶でした。

ここでも石。  

その日も夢の中で無我夢中で、僕は紅蓮の炎に包まれた、地獄の羅刹のような鬼から逃げていました

いつもだったら、その悪鬼の炎に飲み込まれて、夢の中で事切れる結末を迎えるのですが、その日は違いました。

鬼に追いかけられる僕の目の前に、美しい和装の男が現れたのです。

彼は「お前はどこから来た、ここに来てはいけない」と云いながらぐいぐいと僕の腕を取って安全な所まで引っ張ってきて、  

「ここまでくれば大丈夫、でも僕に会ってはいけない。二度とここに来てはならないよ」ととても哀しい笑みを浮かべるのでした。


 

僕が目覚めると枕の下で桜水晶が木っ端みじんに壊れていました。

すわ桜水晶の精ではないかと思いました。だって、桜水晶は願いを叶えたかのように砕かれていましたから。

お婆ちゃんも、その話をして壊れた桜水晶を見せた僕に「きっと神様が助けてくれたかわりに、砕けたんだねえ」と真摯なまなざしで言いました。

しかし、おばあちゃんは、数日後に亡くなります。老衰でした。
  

僕は、お婆ちゃんが死んでも、あの陶器のようなほの暗い顔色をした綺麗な佳人を忘れられませんでした。

夢で見たその美しい男をひとめで覚え、僕は、恥ずかしながらも惚れてしまいました。

相手は男でしたが、そんなものは関係ありませんでした。悲しいことばかりの浮世の中で彼は救いだったというのも大きかったのです。
  

異性ではないからそれで余計にかもしれませんが、肉欲ではなく精神(こころ)で愛しました。

純粋な愛でした。

それからというもの寝ても覚めても男の事ばかりを想うようになりました。

風に吹かれても雨に打たれてもあの哀しげな貌を思い出しました。

僕の強い想いは次第に己の夢を自在に操るようになり、僕は、夢の中でその桜水晶の麗人を呼び出し、その頭の中の脳髄に入りこみ彼の過去を追うようになりました。
  

その記憶は、暗いものでした。

しばらく武家屋敷の並ぶ小道を歩いていた男の後ろ姿を、浮き立つ足で追いかけていたのですが、不意に輪郭がぼやけて、真っ暗な沼のほとりに場面が変わりました。

なにせ記憶の中だからか、すべてが曖昧で繋がっておらず、唐突です。  

僕の目の前に、突然口元を血だらけにした桜水晶の佳人が現れました。


  僕は驚いてびくりと体をこわばらせました。 

「なんで追いかけてきた。追いかけられたら、私は正体を隠せられない」男は血まみれで言いました。 

「私は、人と鬼の間の血筋に生まれ、好きな人を殺してしまう性。

人間としての幸せに暮らすの人の性、鬼となって人の生き血を啜る鬼の性、その間で彷徨いながら生きる魔性の者」と、男は言い放ちました。いつもの、暗く、沈んだ声色で。 

ふっと佳人の姿が消え、春爛漫の川岸が見えてきました。  

蒲公英と菜の花が川岸に咲き、土手の上の櫻の木が満開咲きの花々の美しい川で、水面が綺羅綺羅と輝いています。

 

そんな場所で微笑む桜水晶の男が見えました。 

その隣で、しゃがんで花を手折り微笑むピンクのワンピースを着た可愛らしい女の人がいます。  

恋人なのでしょうか。

そんな幸せ場面が変わりました。しかし視界はすぐに昏い闇の中です。

さっきまで仲良く遊んでいた女の人は、気が付くと桜水晶の佳人の目の前で倒れ、その口元は血で汚れていました

「やめようと思っても思っても、人を喰い殺してしまう。

ここまで見られたら、お前を生きておくわけにはいかない」  

目の前にいたと思ったら背後で、恐ろしいその男の声がしました。
  

男は桜水晶の精なんかではありませんでした。



 

人と鬼の間に産まれたことを苦しみながら生きる半妖だったのです。


 

○○○



 

僕ははっとそこで目を覚ましました。稀に見る恐ろしい悪夢でした。

気が付くと、かちこちと柱時計が不気味に時を刻む、初夏の居間の座敷の上で眠っていたのです。

白昼夢だったのか…? 

汗だくの肌を拭いますが、Yシャツが絡みつくようでした。

 

その時、耳元で、先ほど夢で見た、あの美しい佳人……いえ、魔物の声がしたのです

 

「お前は俺を知りすぎた。今夜から、お前の枕元に九つの怖い化生がやってくるだろう。

しかし、お前の盗んだ宝石がお前を守ってくれる。

東京の国立博物館で昔、お前が憑りつかれていたように眺めていた七宝焼きがな」

僕はあたりをきょろきょろ見まわしながら、声の主を探しましたが、その音は脳髄から聞こえるのでした。そしてその言葉で、久しぶりに叔父と何度も足を運んだ博物館のことを思い出して震撼しました。

「なんのことですか、僕の記憶を覗いたのですか僕はものを盗んだことはない」  

そう云いましたが、魔物の声音は耳元で低く嗤い、 

「しかし、お前の家の茶箪笥の一番上の引き出しの奥にしっかり閉まってあるではないか」


 

と云ったのです。

僕は愕然として居間にある茶箪笥の奥を調べると、驚きました。

しっかり入っているではありませんか、博物館に置いてあったはずの七宝焼きの標本が。

僕は震える手でその木箱を取り出すと、確かに、木箱に入ってナイロン綿に八つの七宝焼きがガラスケースに並んでいました。

 偽物には見えませんでした。

「僕は盗んでいないあなたが持ってきたんだろう!?」と半狂乱になって叫びましたが、もうそれっきり魔物の声はしませんでした。

 

そしてはたと僕は気づきました。男は九つの怖いものが来ると言っていました。七宝焼きは八つしかないのです。男の放った呪詛は嘘ではないでしょう。人間だとは思えません。八つの七宝焼きと九つの化生では、どう考えても数が足りません。  

どうしようと、うつむいて悩んでいると、視界にありえないものが映ったのです。足袋を履いた足です。

誰だと見上げると、先日死んだばかりのお婆ちゃんでした。いつもの庭仕事をしていた汚れた姿のまま、陰鬱な表情で、黙って閉まった押入れを指さしていました。

どくどくと心臓は脈打ち、動悸が激しくなって死んでしまうかと思いましたが、まばたきをすると、その姿は煙のように消えてしまいました。

もう不思議なことには驚かないぞ、と押入れの中を覗くと、布団が重なる上のほうに、見えにくいところに電話番号の書いた半紙が貼ってあって、その下にオンキドウとカタカナで記されていました。 

家族の誰かが貼ったメモなのか、亡くなる前祖母が貼ったものなのか分かりませんが、なんだか、忌まわしいものに感じました。

  

御鬼道……

 

その時、遠い記憶の中に、ふと思い出した怖い記憶が在りました。



 

まだ幼いころ、近所の人が「七殺」の祟りの災難に合ってしまったという出来事があったのです。

ばたばたと相次いで人が亡くなった頃の話です。

「七殺」とは風水の言葉で、その方位を指定の年に汚したりなにか建てたりすると、方位を犯した家族の七人の人間が必ず殺され、その家の家族の頭数で足らなかったときは隣人まで殺されるという恐ろしい「金神」という神様の所業です。

……多分その話を教えてくれたのもお婆ちゃんだったように思います。

季節はいつのことだったか忘れて仕舞いましたが、僕の自宅から目の前の家に恐ろしい出来事がありました。 

その家の玄関には赤黒い血だまりができていて、警察が何人も出たり入ったりをしています。辺りは人だかりになっていました。その隣の家も人だかりです。

集まった野次馬の口からひそひそ声で囁き合っているなか、「連続殺人」「でも不吉な」という言葉の中不意に耳にした「金神様」という名前。

母親が「一家惨殺だけではなく、隣の人まで…うちに来なかったからいいけど」と絶句していました。

何日かして、警察が出入りが収まり血だらけの地面は水で清められ、規制線は取り払われたあと、和服姿の見慣れぬ二人連れがやってきて、殺戮のあった家の玄関からその中を覗いていました。

背格好からして二人ともまだ十代の少年ですが、貫禄というかそのあたりだけ空気が違うというか、そういう異様な迫力があった気がします。  

僕の家からは男たちの背中だけが見えました。背の高いほうの男の、やけに白い着物が気になりました。もうひとりの少年は袴を履いていました。

僕が障子の間からそんな着物姿の二人連れをうかがっていたら、おばあちゃんがやってきて、

その二人を見かけると、ああとかおおとか感嘆というかうめき息のような声を漏らして、

「金神様を倒しに来たのだ。いや、もしかしたら、鬼の仕業だったのかもねえ。
  坊や、あの人たちは御鬼道の人だ、でも忘れてしまいなさい。うんと怖いからね」

と云いました。

「オンキドウってなに

僕が聞き返すと、 

「京都の山奥に古くから住む、悪いモノを殺してくれる人たちだよ」

祖母はそういったのです。




 

○○○



 

彼女の忘れろという言葉もあり、すっかり忘れていましたが、過去のことを思い出して、あのお婆ちゃんが知っていた人だ……きっと僕を助けてくれるに違ない、と藁にもすがる思いで、僕はその電話番号をかけてみました。  

「もしもし」と切羽詰まった声を振り絞ると、「はい」と初老の男性の声が帰ってきました。 

「私は秘道の表玄関の受付をやっている茶郷です」電話の主は名乗りました。

茶郷さんは僕の、創作のような話をまともに聞いてくれて、「それは、鬼のしわざでしょう」と断言してくださいました。 

話を聞いてもらってなんですが、祈祷師か霊媒師のようなものかもしれないと思い至りがっかりしたのですが、それは間違いであることを後から知ります。  

「では八日後に、御鬼道の者が参ると思うので、よろしくおねがいします」

茶郷さんはそういって、不安げな僕を置いて電話は切れました。
 

その日から、夢に真っ黒や時に極彩色の気味の悪い化け物が現れて、すんでのところでなにかを投げつけられ、視界が真っ白になって目覚めると、たしかに棚に置いてあった七宝焼きのケースの端から一個づつ順に、こなごなに粉砕されていたのでした。

僕は、大丈夫か大丈夫か、このまま御鬼道の人はやってこないまま、僕は夢にでてくる化け物に殺されて死んでしまうのではないかと心配で毎日綱渡りのような心持ちの日々でしたが、

八日のうちに御鬼道の人たちはやってきました。  

それは、過去から飛び出してきたような、あの”七殺”の記憶の中の二人連れだったのです。  

あの頃と寸分違わずの姿で、着ているものもそのままです。


 

眼の下に黒い墨で塗ったような顏をした背の高い方の白い着物の少年は「憑かれているな」とぼつりと言いました。

背の小さい方の少年は憂いのある表情でうつむいて一言も発しません。ですが、懐から名刺を取り出すと、僕に手渡しました。

そこには「秘道の一門 御鬼道 獄乃宮阿蘇芳」その下に「風雨道 吾川涼」と漢字だらけの文字が黒刷りされていました。

後から知ったのですが、御鬼道、つまりは秘道の人たちは、時空を超えてあちこちに出没するそうですね。

好きな時を好きなように移動できる。

だからいつまでも年を取らないように見えるのか……

秘道という日本古来から受け継がれてきた稀有な存在だからそんな面白い力を持ったのか、まったく不思議なものです。

そのことを知らなくても、僕にとって当世のまま時が止まったかのような二人連れの来訪は不思議で、奇跡のように感じました。


  
  

はたして、最後の日の夜の夢に現れた化け物は美しい魔物自身でした。

男は血に濡れた一振りの刀を持っていましたが、その凶刃を、僕はすんでのところで躱(かわ)し、焦る男の切っ先は阿蘇芳と名乗る御鬼道の少年の手の鉄尖棒(かなさいぼう)に遮られて、僕に届きませんでした。

続いて阿蘇芳さんは慣れた手つきでその金棒で男の刀を薙ぎ払うと、やおら振り回して男の左半身を叩きつけました。

すると不思議な事に刀で傷つけられたように、その部分がえぐられて、血が噴き出したのです。血の色は真っ黒でした。

倒れる男を、僕は支えましたが、その体は重く、僕は彼を抱えたまま後ろから尻もちをつきました。
 

「天網恢恢疎(てんもうかいかいそ)にして失わず…ま、俺の場合、あんたと同じ鬼の血を受け継ぐから、悪天とでもいえばいいのか」

阿蘇芳さんは余裕のある声でそう言いました。

「ぐっ…俺は殺せなかった。お前の事を」

そういうと、腕の中の男は、弱弱しい手つきで、僕の頬に触れました。

「よく見ると、お前は美しい貌をしている。今まで気が付かなかった。

あと少しというところで、なんの業か因果か人の性(さが)が、俺の心の中でお前を殺すなと云ったのだ。御鬼道如きでは俺の心の臓は止められないが、俺の手元が狂った」

そう負け惜しみのように云いながら、男は急にむせてその口から鮮血が迸(ほとばし)りました。

「…人の性を捨てられなかった俺の負けだ」

そういうと、男は私の腕の中で絶命しました。


 

あっけなく、これが終わりです。


  

○○○

 

「僕は大人になると、すっかりそういった夢を見なりましたが、その代わりに、僕の眼から見て因縁めいて見える石を集め始めるようになりました。それらにはいにしえの名を付けて、まとめてお寺で護摩焚きをしてもらうようになりました。

僕の元へ集まるそんな石は、不思議と深く霊力を持ち、強く人を守ってくれるようになりました。

山を歩き里を歩き、それを、巡り巡って、秘道の人に売り歩くようになりました

僕は大人になりました。しかし……

今でも、目に浮かぶのです。好きだったあの人が、口元から鮮血を流して倒れているのを、僕は腕に抱いて介抱するのですが、彼は息絶えてしまいます。

その死骸は桜の花びらになって、僕は掻き抱くのですが、散るよう儚くに消えてしまったのです。

その光景が忘れられなくて、只、忘れられなくて、夢の中のことだというのに……

と。

僕の石にまつわる不思議な話はこれまでです。酔狂な話を聞いていただきありがとうございました」


 

石師がすべてを語り終わると、客人はほうと深い溜め息をついた。

「いやいや、とんでもない縁起話でありました。

魔性の男も、貴方の腕の中で息絶えて、幸せだったことでしょうなあ。

成仏して今頃、転生していることかもしれませぬ」

「今度こそ、普通の人の生を、と思います」

「まことに。では、お代替わりというわけではないのですが、この透明の石を一〇個ほど、買わせてください」

「ありがとうございます、これは”心葉石”といいまして水晶のことを言います。破魔降魔の石です。それに安眠にもいいのですよ」

そう云った石師の面差しはどこまでも穏やかなもので、縁側の外の雨は、次第に弱くなっていくのであった。


 

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おわり

 

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鬼縁草子

前書き
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仏堂のなかに棲んでいる魑魅魍魎たち…神聖な場所をあえて背徳の場所としてとらえた新しい和風幻想物語。淫靡な男鬼や、雨風を操る美少年の行方は…
(以下抜粋)
時は無常に過ぎ行くものだが、数奇な運命の中、えにしに導かれ、二人はこれから幾重にも出会いを繰り返す。その中で、想いあうこと、離れる事を繰り返し、二人は一つの木になって華を咲かせる日が来ようとは、今はまだ分からない――――(原文ママ)


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かんと抜けた様な青い空は、鱗雲がずっと連なっていて秋らしい天気だ。

午後から、寺に行くことになった。

そこは普通のお寺ではない。秘仏や秘画の曼荼羅は隠れて惡の権化を祀っている人々の棲む、悪所だ。それでも真言宗の流れを汲む立派な寺社で、祀りごとはひそかに隠れてやっているという。雨燐院 丞(うりんいん じょう)は、その悪祭に招かれて、一仕事しなければならなかった。なぜ子供が悪祭なんぞを手伝わなかったらいけないかは分からなかったが、一族の中で一番力があるから仕方ない。

雨燐院の姓を持つ一族は、「秘道」の流れを組む一門である。

「秘道」とは、陰陽道や修験道のようにその力は国に認められずに育まれた一派で、人に危害を加えられる禍々しい力を持ち、それゆえ闇でしか生きられない人々で成り立っている。しかし、国の一大事や権力者のお呼出しにも幾度となく引っ張り出され、その存在は公然の秘密になっている節もある。(秘道の地元である京都の古い人々もその存在を知っているがあえて口には出して言わない)



不穏なものを祀っている寿福寺は、山奥にある。

紅葉を見に来る参拝客の多い寿福寺は、あちこちに羅漢様が土に植えられているように建立され祀られていて、百八体もあるらしい。欲望の数か。寺は色々な仏像を安置している寺社が立ち並び、それら寺社がいくつものの廊下で仕切られ、謁見できる。

山の上にあるからゆえ、斜面に廊下が設置されていてひ弱い僕は転びそうになる。

その時、懐から、螺鈿らでん煙管キセルを落としてしまった。地面を探していると、すぐ目の前からこえがした。

「お前の探し物は此れだろう」

まなじりが釣り上がって、墨で塗ったような、黑々とした目端をしている男が現れた。凶相をしている。喪服のような真っ黒な着物を着ていて、短く髪を刈りこんでいる。体格がいい。その手に煙管はあった。

「あんたは誰だ、顔が怖い」

光る白色の貝をまぶした朱の羅宇らうが美しい煙管で、じょうが祖母からもらった形見で、秘密がある。その中で管狐を飼っているのだ。恐れていたことは怒らなかった。男はすんなり値打ちものの煙管を返してくれた。

「は、は、俺の事、”あんた”かい。いきなりそんな言い様されたの、初めてだ」

屈強な男は、丞の腕を取って、壁に彼を押さえつけた。

「俺の物にならないか?」

「なんのことだ。離せよ」

やっぱり悪い事が起こった。そう思いながら、この屈強な男は簡単には振り払えないと思った。

「なにすぐ、終わる」

男はすばやく腰を寛げて、怒張したものを丞の尻に押し付けた。

「やめろ、ここは人の目のある所だ」

「美しいかんばせの少年がくると聞いていて、滾っていた」

人目も憚らず、丞の制服のズボンを脱がせると尻に鈴口を押し付けて、男は荒い息を吐きながら、激しく腰を動かした。ものの十分も経っていないだろう。あっという間の事だった。







人の欲望は絶え間なく、世俗は悪に染まっている。それだからか、丞は世間には関心が向かなかった。

雨燐院家にもちこまれる風や雨への相談は歳を重ねるごとに増えたが、皆も知っているように善良な日本の農家は減り、私利私欲のために、雨燐院の力を使うような依頼が増えた。

あいつの家を洪水で流して欲しい。風を使って人間に重いものを頭にぶつけて殺したい。

どう考えてみても犯罪だ。
でもそんなことに力を使えば、霊気が穢れる。
だからそんな依頼には応じない。

丞は、人が嫌いだった。とくに大人が嫌いだった。

家で写経をしお経を読み、時折、滝に打たれ、沐浴をして、みそぎをする。
人の心は穢れているから、めったに家族以外の人間には会わない。
そんな静かな生活を愛していた。










「なんなんだあんた!」

「まあそう怒るな、雨燐院丞」


そんな折に、自分とタイプが真逆の男に出会ってしまった。先ほどの場所で言い争いが始まった。男は云う。

「お前が、風や雨を操ることのできる”風雨道”(ふううどう)の嫡男だとはな」

先ほど、丞が抱かれた男だ。この男は、自分に嵐を巻き起こす―――そんな予感がした。

「だからどうした」

「俺は、人の心に巣食う”鬼”を退治して廻ってる無頼者だ。この寺の格好のお客だ」

「人を訪ねて、鬼を退治しているのか」

「海神の祭りごとを催したり、風穴を見つけるのがお前の仕事だろう。こんなところに来るとはな」

「陰陽道に陰と陽があるように、僕だって、大人のするような下種な仕事もする」

男は欄干に腕をかけて、にやにやと笑っている。

「俺は、自分の仕事が、悪い事だと思ってないぜ。人助けだ」

「僕の仕事だって人助けだ」

「まあまあ・・・そう力むなよ。子供扱いしないって」

痛い所を突かれた。

「うるさい、僕はもともと童顔なんだ。お前何歳だよ、僕とそう変わらないじゃないか?」

「17歳」

「僕もだ」

男はまた笑った。

「じゃあ、この寺の密事にかかわっても、耐えられるだろうなあ、雨燐院 丞」

「お前はなんという」

「獄乃宮 阿蘇芳。鬼の血で鬼を倒す、御鬼道の嫡男だ」

御鬼道…聞いたことがある。同じ秘道の一門だ。
京都の古い人々も知っているという、心の鬼を退治するといって、陰惨な仕事をしているという連中だ。







外の空気に晒されながら言い合いをしていたところ、寺の使者が手燭を持って現れた。

「お待たせいたしました。阿蘇芳様、丞様、此方になります。ついてきてください」

僧侶は黒い頭巾を被っていた。怪しい風体である。背後には仏像があって、相性のよくない風貌だ。

二人は、僧侶に導かれるまま、角を曲がってすぐのところにぽっかりと口を開けた鍾乳洞に連れてこられた。寺のなかに鍾乳洞があるとは、初めて聞いた話であることから、秘蔵の場所なのだろう。怪しい場所に連れてこられたと丞は思った。洞窟の中に入ると階段に向かう。そのままどんどん階段を下りていく。行く手に妖しい匂いが漂ってきた。

「なんか匂うな」

「香を焚き込めあります。沈香と白檀を」

たしかに、沈香と白檀の香はしたが、なにか、違うもっと濃い鉄の錆びた様な匂いが混じっている。

「血の匂いがする…」

そういえば、隣を歩く阿蘇芳からも同じ匂いがする。
そう思って、ちらと横を見上げると、にやりと意味ありげな顔が見返してきた。

「惚れるなよ」

「ばっ・・・馬鹿にするなよ。お前からも妙な匂いがするんだ」

「俺の体内から匂うんだろう。魔性の血が匂うんだ」

「どういうことだ」

「俺は片方の親が、普通の人間ではない」

「普通の人ではない…」

丞の先祖も人ではない。雨と風を祀る式神が、人と交じって生じたと云われている。
そういうことだったら、丞にも頷ける。彼も管狐を飼ったり、印を組んで風を巻き起こしたり雨を降らせたりすることができるのだ。

「獄乃宮、あんたも同族か」

「丞、お前の考えている存在よりは、ずっと恐ろしいものだがな…さて、着いたようだ」



「…着きました。中で大僧正がお待ちしております」

僧侶の声に促されて、洞窟の最奥の中にはいると、なかは空洞になっていて広く、ぼんやりと薄暗く燭台がいくつも置いてある。

暗黒 黒憎魔 魔殺鬼 黒憎刻 根っ刻 黒寝刻 密刻 死刻 死を招き刻・刻・刻・刻…

むーみょーほーおーんーりーげーだーつーみーつーみーつーほ

どこからともなく読経の声がする。僧侶が何人もいるようだが変な経文だ。

目前には幾つもの仏像が建立させて、ずらりと並んでいた。
そのどれもが丞よりも遥かに長身で巨大で、天井につかんばかりだ。
顔は憤怒の表情をしている。仁王像や明王像ばかりだ。

しかし丞は息を飲んだ。像の下半身にはあってはならないものが生えている。
怒張して張り詰めたそれは、醜悪なほどで、さきほど丞が体験したことを思い起こさせて気分が悪くなった。そしてよくよく顔を見てみると角のようなものも生えている。丞は息を飲んだ。

「此れは…」

「悪趣味極まりないな。どれもこれも、化け物じゃねえか」

横で、阿蘇芳がふっと笑いながら、そう云った。

「しかし、悪を断つには悪で挑むというのが、大僧正様の教えです」

僧侶はそう云って、広間の中央で刷毛のような仏具を左右に揺らしていた大僧正に近づいた。

「…いかにも。末法の世も過ぎて、世の中は地獄の釜の中だ」

厳かな声でそう云うと、大僧正は立ち上がって、ふたりの前にやってきた。かなりの歳の人のようである。
頭を下げて僧侶は引き下がっていった。

「この憂き世をどうにかせんとな、と常々思っていたのだ。おぬしらも”秘道”に生きる者。儂の想いもくみ取ってはくれぬか」

「僕はこの仏事を手伝いにくるよう云われただけです。こんな悪趣味な…」

「ま、悪趣味だが、気持ちはわからないでもない」

阿蘇芳も隣りで丞に同調した。
大僧正は緩慢とした動きで、丞の手を取った。

「雨燐院よ。おぬしは、阿蘇芳と出会うのは初めてだろう。
いかであったか。最初から難儀せなかったか。この者こそ、今度の法会の主役ぞ」

そう云って、大僧正は丞の手の甲に、額づいた。
そして、急に―――ふ、ふ、ふ、と低く下種に笑う。

「そして、お前がその受け皿よ」

大僧正の声に、丞は嫌な予感がした。

すると、さっと横から、ふたりの僧侶が近づいてきて、丞の左右を腕を取って自由を奪った。

「なにを…!」

丞は今日、来た事を後悔した。自由を奪われて、仏像の前の空の舞台のうえに引きずられる。一段高くなった其処は、四方を縄でくくられ、なにかの祈祷を行うところのようだ。

「止めろ!なにする…」

「何、雨燐院よ、さほど痛くない。さきほど、十分に前戯致したであろう、鬼の子と」

鬼の子という言葉に、丞はさっと青ざめた。この法会は鬼を祀るもので、阿蘇芳は鬼の子だったと瞬時に理解したのだ。義父の意地悪は今に始まったことではないが、これは、なかなか新しい父親に懐かない丞へのあてつけの仕事だったのだろう。

「悪いな、雨燐院。無粋な連中ばっかりだな。こいつらも。俺は騙すつもりはなかったんだけどなお前の事。ま、すぐ終わるぜ。さっきみたいにな」

壇上に上がってきた阿蘇芳は黒い礼服を即座に脱ぎ捨てた。
中にはなにも着ていない。雄々しい裸体が、ゆらりと蝋燭の灯りに照らされて淫靡だった。

「さっきは尻に擦りつけただけだけど、今度は違うがな、雨燐院」

そういうと、阿蘇芳は凄惨な笑顔を浮かべた。
鬼の血を継いでいるというだけはある、残酷な笑みだった。



最初から仕組まれたことだったのだ。両脇を僧侶に抱え込まれたまま覆いかぶさってきた阿蘇芳に、丞はなす術もなかった。皆の前で、辱められるのだ。気丈な丞にとってはこの上ない苦しみであった。

「お前は俺が嫌いだろうが、無様なことだ。刻みつけてやろうぞ、その体に俺の刻印を。
後々、今日の日を想い出して苦しむがいい」

そう云うと、阿蘇芳はかかと笑った―――――







翌日、ほうほうの体で寺から逃げ出すと、丞は自分の屋敷に辛くも帰ることができた。

丞はそのまましばらくの間、布団で寝込むことになった。

腰が激しく痛い。そして身体の内が燃えるように熱い。

鬼と交わったものは体の内に火を飼うようになる、とどこかの言い伝えで聞いたことがあったが、
丞は、後々まで、尾骨のあたりが燃えるように熱くなにかが挟まって動くような感覚を覚えた。

しかし人にそのことで悩みを打ち明けることなどできず、義父を憎んだが想いは上手くいかず、
阿蘇芳を恨めば、身体の内は燃え盛るように熱く火照り、夢の中で彼に何度も犯され泣きながら目を覚ますことになった。

しかし、一年を過ぎる事に、ようやくその火照りも収まり、丞はほっとした。

そして、忘れかけたころ同じ秘道の集まりで、ひょっこり阿蘇芳を再びまみえることになるのだが、
それはまた別の機会のことだ。


時は無常に過ぎ行くものだが、数奇な運命のなか、えにしに導かれ、二人はこれから幾重にも出会いと別れを繰り返す。その中で、想いあうこと、裏切ることを繰り返し、二人の想いはやがて一つの木になって華を咲かせる日が来ようとは、今はまだ分からないのだ――――





















泡沫夢枕

泡沫夢枕

 
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雨が降っています。梅雨の小雨が丁度、霧に変わりそうな頃合で、道の脇に咲いたノウゼンカズラの香りが雨の匂いと混ざって鼻孔をくすぐります。

僕の名前は雫といいます。その名の通り、雨の雫から生まれました。
雨から生まれたので、「うっとおしいほど根暗で愛嬌がない」と、僕を作ったご主人は言って去ってしまいました。

僕は無機質です。まるで伽藍堂の人形のようなものです。どうせ心を持たぬ式神です。心を持たぬのなら、いっそ殺して欲しいとすら思います。
殺す、では物騒ですね。無機質だったころの、雨の一粒に戻して欲しいのです。だって、世の中は嫌なことばかりだから。

人の涙の涙を見ても、笑顔を向けられても、どう返していいのか分かりません。

心がないのです。僕は戸惑うばかりで、人に対して申し訳なくなります。

人とは違うのです。僕は雨の雫ですから。

草履はすっかり濡れてしまいました。用事で受け取った荷物が濡れないよう、しっかり胸に抱え込みました。

 


用を終えて、また菊屋横丁へ帰ってくるころには止むかと思われた雨はまだしとしとと降り続いていました。

「帰ったか」

今のご主人です。
目じりの吊りあがった、少し恐ろしい顔立ちをしているのは、彼が妖の血を引いているからでしょうか。

「もう少し晴れていたほうが、僕の体に丁度いいです」

「式神が自分の利益を主張するとはな」

玄関の、軒下に吊るされた庇も雨にぐっしょりと濡れています。連日の雨は止むことを知らないようです。

ご主人様は、玄関のへりでようやく座敷にあがった僕に近づくと、顎をついと取って上に向けさせました。

「作り物のような顔をしている。気味が悪いな」

「前の御主人様の趣味です。なんでも吉祥天女のようにしたかったとか」

「顔色が、血色が悪い。血の気の通わない物の怪のようだ」

「お褒めに預かり光栄です」

「褒めてはいない。まあ、半分鬼を血を継ぐ、俺と同じようなものか」

そういって、ご主人様、鬼丸さまは自嘲気味に笑いました。

「常に血の匂いのする、俺の傍が嫌だろう、お前も、そのうち自由にしてやる」

「そんなこと御座いません。おそばに置いてください」

「無理をしなくてもいい。俺はそのうち死ぬ。そうすれば、お前は暇になる。そうしたら、元の雨に戻るなり、消えるなり好きにすればいい」

鬼丸さまは、よく「もうすぐ寿命だから」と、庵を訪れた用事のある人間にそうこぼしておられました。

荷物も、あたかた片付けてしまわれ、奥座敷に古い箪笥と衣紋掛けをひとつ残して、あとはみな引き払ってしまいました。

鬼丸さまにどうして死ぬのかと聞くと、「私は長く生きすぎた」とおっしゃられました。

そして、「次の桜が咲くころに、私は逝くだろう」と予言めいた言葉を口にして、そのあと「願願わくば 花の下にて 春死なん その望月の如月の頃」と、西行法師の言葉を引用してわずかに笑いました。

花のほころぶ頃に、花に寄り添うように死にたいだなんて、趣のあることですね。

そう言って褒めてみましたが、鬼丸さまは「皮肉か?」と云って、フンと鼻で笑われました。

長く生き過ぎると死にたくなってくるんですね、とそう聞くと、鬼丸さまはどこか遠い目をしてからくしゃりと顔を歪めて、

「———現世など、もう、なにもない、大切なものも、大切な人も…彼岸の向こうにはあの女(ひと)が待ってるからな———」

と、そう云って、僕に背を向けました。

「あの女(ひと)…とは?」

「————ヒトの寿命は短い」

鬼丸さまはそういうと、こちらに背を向けたまま、すん、と鼻をすする音がして、泣いておられるのだな、と思いました。

あの女(ひと)って、誰の事だろう————

好きな人がいらっしゃるんだ…鬼丸さまには。

そう思ったとき、ふと心に朱の雨がぽとっと落ちて、じんわりと心に滲(にじ)みました。

僕ははっと顔を上げました。

じゃあ、この気持ちはなんだろう。

なにか、色に例えるならば、深い藍色のような青いような、心震えるような、それはとても———とても———

僕は、理解しがたい、えもいわれぬ不思議な気持ちがしました。



鬼丸さまは、夏を過ぎたある日のこと「毒を飲んだ」と呟かれ、そのまま布団に横になられると、もう臥せってしまい起き上がることはありませんでした。

横になった鬼丸さまは、息も細くなにも食べないのでどんどん衰弱されて、
そのまま、霜月の風の強い日に、そのまま静かに息を引き取られました。

その日も、しとしとと、秋雨が降っていました。





僕はそのあとはあたらしい主人を探して、放浪の旅にでました。

僕の往くところ往くところ、雨が降ってくるのですが、もう僕はそんなにもとの雨粒に戻りたい
とは思いませんでした。


あれから、何度も鬼丸さまが夢枕に立ったのです。

夢枕に立った鬼丸さまは、僕のすぐ横に正座していて本当に仏になられたようで、穏やかで清らか顔をしていて、僕が求めると、「寒いから風邪には気をつけなさい」とか「もうすぐ桜の咲く季節になる頃だ、お花見をしよう」などと優しい声で、僕を誘うのでした。

そればかりではなく、

桜の散る季節のころ、その日はめずらしく晴れていて、丁度僕は縁側で居眠りをしていたのですが…

桜の降りしきるなか、庭先で、見慣れぬ女の人と抱き合う鬼丸さまのまぼろしを見たのです—―—

(貴女と会えたのは、前世の宿縁)

声にならぬ声で、鬼丸さまがささやかれました。

そうですか、ようやく会えたのですね。

女の人の肩に顔を埋めている鬼丸さまを見つめて、僕は知らぬ間に頬に冷たいものを感じました。なぜ、僕の頬が濡れているのかわかりませんでしたが、それが涙と知ると僕は激しく動揺してしまいました。

そして、再び、鬼丸さまと女の人を見遣ると、そこには、桜がただはらはらと散るばかりで二人の姿は、影も形もなくなっていました。

なぜ、鬼丸さまは僕の枕元に立ったのでしょう。

それから鬼丸さまは二度と僕の夢枕には立ちませんでした。


鬼丸さまは鬼の血を継いでいましたが、そういえば、半分は人の血が通っていたなと思いました。だから、僕に人の心の温かさを伝えて消えていったのだと思いました。

人間という生き物は罪作りなものですね。

新しい主人に言ってみました。

僕も、恋というものがしたくなりました。

そう言って、僕はたぶん、微笑んでいたのだと思います。

雨は、いつの間にか止んでいました。

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稚拙な作品ですが、ここまで読んでいただいてありがとうございました。
この作品は、古いものですが、途中まで書けてたので続きも書いてみました。
創作BLのようでそうでない、ぎりぎり普通の小説…みたいなさじ加減が好きです。
長野まゆみさん好きですね…!そんな雰囲気を目指したのですが、いかがでしたでしょうか。


悲しい宴

 

うつろいゆく者達

路地の隙間をぬうようにして

生きている者たちが

おります。

それはざわざわと

それは時に

ひっそりと

影に生きる者たちの

哀しい宴


格子窓のすきまから

そっと

鬼のことを

覗き見る

少年の目は無垢で…



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「泡世縁起絵巻」をイメージした詩です。
時間のあるときに書き足したいです。


「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」

はじめまして。ゆめこと申します。
これからはこっちのブログで、小説を連載してゆく予定です。

大体書くのは和風幻想かホラーで妖怪モノおまけに創作BLで、朽ちゆく昭和の時代の文化が大好きで、夏目漱石、芥川龍之介など日本の文豪が大好きです。小説家にもなりたいなー!

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最近だと好きな作家さんは、 石川 緑先生の「常夜」という和風ホラーなんですが、描写がすばらしい。あ、BLではないです。石川先生は、他に本を出していらっしゃらないので、今後が気になりますね~!

気ままに絵も描けたらなあ、と思ってます。この絵も私、ゆめこが描きました☺