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ゆめこの小説部屋

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鬼縁草子

前書き
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仏堂のなかに棲んでいる魑魅魍魎たち…神聖な場所をあえて背徳の場所としてとらえた新しい和風幻想物語。淫靡な男鬼や、雨風を操る美少年の行方は…
(以下抜粋)
時は無常に過ぎ行くものだが、数奇な運命の中、えにしに導かれ、二人はこれから幾重にも出会いを繰り返す。その中で、想いあうこと、離れる事を繰り返し、二人は一つの木になって華を咲かせる日が来ようとは、今はまだ分からない――――(原文ママ)


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かんと抜けた様な青い空は、鱗雲がずっと連なっていて秋らしい天気だ。

午後から、寺に行くことになった。

そこは普通のお寺ではない。秘仏や秘画の曼荼羅は隠れて惡の権化を祀っている人々の棲む、悪所だ。それでも真言宗の流れを汲む立派な寺社で、祀りごとはひそかに隠れてやっているという。雨燐院 丞(うりんいん じょう)は、その悪祭に招かれて、一仕事しなければならなかった。なぜ子供が悪祭なんぞを手伝わなかったらいけないかは分からなかったが、一族の中で一番力があるから仕方ない。

雨燐院の姓を持つ一族は、「秘道」の流れを組む一門である。

「秘道」とは、陰陽道や修験道のようにその力は国に認められずに育まれた一派で、人に危害を加えられる禍々しい力を持ち、それゆえ闇でしか生きられない人々で成り立っている。しかし、国の一大事や権力者のお呼出しにも幾度となく引っ張り出され、その存在は公然の秘密になっている節もある。(秘道の地元である京都の古い人々もその存在を知っているがあえて口には出して言わない)



不穏なものを祀っている寿福寺は、山奥にある。

紅葉を見に来る参拝客の多い寿福寺は、あちこちに羅漢様が土に植えられているように建立され祀られていて、百八体もあるらしい。欲望の数か。寺は色々な仏像を安置している寺社が立ち並び、それら寺社がいくつものの廊下で仕切られ、謁見できる。

山の上にあるからゆえ、斜面に廊下が設置されていてひ弱い僕は転びそうになる。

その時、懐から、螺鈿らでん煙管キセルを落としてしまった。地面を探していると、すぐ目の前からこえがした。

「お前の探し物は此れだろう」

まなじりが釣り上がって、墨で塗ったような、黑々とした目端をしている男が現れた。凶相をしている。喪服のような真っ黒な着物を着ていて、短く髪を刈りこんでいる。体格がいい。その手に煙管はあった。

「あんたは誰だ、顔が怖い」

光る白色の貝をまぶした朱の羅宇らうが美しい煙管で、じょうが祖母からもらった形見で、秘密がある。その中で管狐を飼っているのだ。恐れていたことは怒らなかった。男はすんなり値打ちものの煙管を返してくれた。

「は、は、俺の事、”あんた”かい。いきなりそんな言い様されたの、初めてだ」

屈強な男は、丞の腕を取って、壁に彼を押さえつけた。

「俺の物にならないか?」

「なんのことだ。離せよ」

やっぱり悪い事が起こった。そう思いながら、この屈強な男は簡単には振り払えないと思った。

「なにすぐ、終わる」

男はすばやく腰を寛げて、怒張したものを丞の尻に押し付けた。

「やめろ、ここは人の目のある所だ」

「美しいかんばせの少年がくると聞いていて、滾っていた」

人目も憚らず、丞の制服のズボンを脱がせると尻に鈴口を押し付けて、男は荒い息を吐きながら、激しく腰を動かした。ものの十分も経っていないだろう。あっという間の事だった。







人の欲望は絶え間なく、世俗は悪に染まっている。それだからか、丞は世間には関心が向かなかった。

雨燐院家にもちこまれる風や雨への相談は歳を重ねるごとに増えたが、皆も知っているように善良な日本の農家は減り、私利私欲のために、雨燐院の力を使うような依頼が増えた。

あいつの家を洪水で流して欲しい。風を使って人間に重いものを頭にぶつけて殺したい。

どう考えてみても犯罪だ。
でもそんなことに力を使えば、霊気が穢れる。
だからそんな依頼には応じない。

丞は、人が嫌いだった。とくに大人が嫌いだった。

家で写経をしお経を読み、時折、滝に打たれ、沐浴をして、みそぎをする。
人の心は穢れているから、めったに家族以外の人間には会わない。
そんな静かな生活を愛していた。










「なんなんだあんた!」

「まあそう怒るな、雨燐院丞」


そんな折に、自分とタイプが真逆の男に出会ってしまった。先ほどの場所で言い争いが始まった。男は云う。

「お前が、風や雨を操ることのできる”風雨道”(ふううどう)の嫡男だとはな」

先ほど、丞が抱かれた男だ。この男は、自分に嵐を巻き起こす―――そんな予感がした。

「だからどうした」

「俺は、人の心に巣食う”鬼”を退治して廻ってる無頼者だ。この寺の格好のお客だ」

「人を訪ねて、鬼を退治しているのか」

「海神の祭りごとを催したり、風穴を見つけるのがお前の仕事だろう。こんなところに来るとはな」

「陰陽道に陰と陽があるように、僕だって、大人のするような下種な仕事もする」

男は欄干に腕をかけて、にやにやと笑っている。

「俺は、自分の仕事が、悪い事だと思ってないぜ。人助けだ」

「僕の仕事だって人助けだ」

「まあまあ・・・そう力むなよ。子供扱いしないって」

痛い所を突かれた。

「うるさい、僕はもともと童顔なんだ。お前何歳だよ、僕とそう変わらないじゃないか?」

「17歳」

「僕もだ」

男はまた笑った。

「じゃあ、この寺の密事にかかわっても、耐えられるだろうなあ、雨燐院 丞」

「お前はなんという」

「獄乃宮 阿蘇芳。鬼の血で鬼を倒す、御鬼道の嫡男だ」

御鬼道…聞いたことがある。同じ秘道の一門だ。
京都の古い人々も知っているという、心の鬼を退治するといって、陰惨な仕事をしているという連中だ。







外の空気に晒されながら言い合いをしていたところ、寺の使者が手燭を持って現れた。

「お待たせいたしました。阿蘇芳様、丞様、此方になります。ついてきてください」

僧侶は黒い頭巾を被っていた。怪しい風体である。背後には仏像があって、相性のよくない風貌だ。

二人は、僧侶に導かれるまま、角を曲がってすぐのところにぽっかりと口を開けた鍾乳洞に連れてこられた。寺のなかに鍾乳洞があるとは、初めて聞いた話であることから、秘蔵の場所なのだろう。怪しい場所に連れてこられたと丞は思った。洞窟の中に入ると階段に向かう。そのままどんどん階段を下りていく。行く手に妖しい匂いが漂ってきた。

「なんか匂うな」

「香を焚き込めあります。沈香と白檀を」

たしかに、沈香と白檀の香はしたが、なにか、違うもっと濃い鉄の錆びた様な匂いが混じっている。

「血の匂いがする…」

そういえば、隣を歩く阿蘇芳からも同じ匂いがする。
そう思って、ちらと横を見上げると、にやりと意味ありげな顔が見返してきた。

「惚れるなよ」

「ばっ・・・馬鹿にするなよ。お前からも妙な匂いがするんだ」

「俺の体内から匂うんだろう。魔性の血が匂うんだ」

「どういうことだ」

「俺は片方の親が、普通の人間ではない」

「普通の人ではない…」

丞の先祖も人ではない。雨と風を祀る式神が、人と交じって生じたと云われている。
そういうことだったら、丞にも頷ける。彼も管狐を飼ったり、印を組んで風を巻き起こしたり雨を降らせたりすることができるのだ。

「獄乃宮、あんたも同族か」

「丞、お前の考えている存在よりは、ずっと恐ろしいものだがな…さて、着いたようだ」



「…着きました。中で大僧正がお待ちしております」

僧侶の声に促されて、洞窟の最奥の中にはいると、なかは空洞になっていて広く、ぼんやりと薄暗く燭台がいくつも置いてある。

暗黒 黒憎魔 魔殺鬼 黒憎刻 根っ刻 黒寝刻 密刻 死刻 死を招き刻・刻・刻・刻…

むーみょーほーおーんーりーげーだーつーみーつーみーつーほ

どこからともなく読経の声がする。僧侶が何人もいるようだが変な経文だ。

目前には幾つもの仏像が建立させて、ずらりと並んでいた。
そのどれもが丞よりも遥かに長身で巨大で、天井につかんばかりだ。
顔は憤怒の表情をしている。仁王像や明王像ばかりだ。

しかし丞は息を飲んだ。像の下半身にはあってはならないものが生えている。
怒張して張り詰めたそれは、醜悪なほどで、さきほど丞が体験したことを思い起こさせて気分が悪くなった。そしてよくよく顔を見てみると角のようなものも生えている。丞は息を飲んだ。

「此れは…」

「悪趣味極まりないな。どれもこれも、化け物じゃねえか」

横で、阿蘇芳がふっと笑いながら、そう云った。

「しかし、悪を断つには悪で挑むというのが、大僧正様の教えです」

僧侶はそう云って、広間の中央で刷毛のような仏具を左右に揺らしていた大僧正に近づいた。

「…いかにも。末法の世も過ぎて、世の中は地獄の釜の中だ」

厳かな声でそう云うと、大僧正は立ち上がって、ふたりの前にやってきた。かなりの歳の人のようである。
頭を下げて僧侶は引き下がっていった。

「この憂き世をどうにかせんとな、と常々思っていたのだ。おぬしらも”秘道”に生きる者。儂の想いもくみ取ってはくれぬか」

「僕はこの仏事を手伝いにくるよう云われただけです。こんな悪趣味な…」

「ま、悪趣味だが、気持ちはわからないでもない」

阿蘇芳も隣りで丞に同調した。
大僧正は緩慢とした動きで、丞の手を取った。

「雨燐院よ。おぬしは、阿蘇芳と出会うのは初めてだろう。
いかであったか。最初から難儀せなかったか。この者こそ、今度の法会の主役ぞ」

そう云って、大僧正は丞の手の甲に、額づいた。
そして、急に―――ふ、ふ、ふ、と低く下種に笑う。

「そして、お前がその受け皿よ」

大僧正の声に、丞は嫌な予感がした。

すると、さっと横から、ふたりの僧侶が近づいてきて、丞の左右を腕を取って自由を奪った。

「なにを…!」

丞は今日、来た事を後悔した。自由を奪われて、仏像の前の空の舞台のうえに引きずられる。一段高くなった其処は、四方を縄でくくられ、なにかの祈祷を行うところのようだ。

「止めろ!なにする…」

「何、雨燐院よ、さほど痛くない。さきほど、十分に前戯致したであろう、鬼の子と」

鬼の子という言葉に、丞はさっと青ざめた。この法会は鬼を祀るもので、阿蘇芳は鬼の子だったと瞬時に理解したのだ。義父の意地悪は今に始まったことではないが、これは、なかなか新しい父親に懐かない丞へのあてつけの仕事だったのだろう。

「悪いな、雨燐院。無粋な連中ばっかりだな。こいつらも。俺は騙すつもりはなかったんだけどなお前の事。ま、すぐ終わるぜ。さっきみたいにな」

壇上に上がってきた阿蘇芳は黒い礼服を即座に脱ぎ捨てた。
中にはなにも着ていない。雄々しい裸体が、ゆらりと蝋燭の灯りに照らされて淫靡だった。

「さっきは尻に擦りつけただけだけど、今度は違うがな、雨燐院」

そういうと、阿蘇芳は凄惨な笑顔を浮かべた。
鬼の血を継いでいるというだけはある、残酷な笑みだった。



最初から仕組まれたことだったのだ。両脇を僧侶に抱え込まれたまま覆いかぶさってきた阿蘇芳に、丞はなす術もなかった。皆の前で、辱められるのだ。気丈な丞にとってはこの上ない苦しみであった。

「お前は俺が嫌いだろうが、無様なことだ。刻みつけてやろうぞ、その体に俺の刻印を。
後々、今日の日を想い出して苦しむがいい」

そう云うと、阿蘇芳はかかと笑った―――――







翌日、ほうほうの体で寺から逃げ出すと、丞は自分の屋敷に辛くも帰ることができた。

丞はそのまましばらくの間、布団で寝込むことになった。

腰が激しく痛い。そして身体の内が燃えるように熱い。

鬼と交わったものは体の内に火を飼うようになる、とどこかの言い伝えで聞いたことがあったが、
丞は、後々まで、尾骨のあたりが燃えるように熱くなにかが挟まって動くような感覚を覚えた。

しかし人にそのことで悩みを打ち明けることなどできず、義父を憎んだが想いは上手くいかず、
阿蘇芳を恨めば、身体の内は燃え盛るように熱く火照り、夢の中で彼に何度も犯され泣きながら目を覚ますことになった。

しかし、一年を過ぎる事に、ようやくその火照りも収まり、丞はほっとした。

そして、忘れかけたころ同じ秘道の集まりで、ひょっこり阿蘇芳を再びまみえることになるのだが、
それはまた別の機会のことだ。


時は無常に過ぎ行くものだが、数奇な運命のなか、えにしに導かれ、二人はこれから幾重にも出会いと別れを繰り返す。その中で、想いあうこと、裏切ることを繰り返し、二人の想いはやがて一つの木になって華を咲かせる日が来ようとは、今はまだ分からないのだ――――




















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